多様性はMSDの「パーパス」実現に不可欠――人事制度と社員ネットワーク活動の両輪でDE&Iを推進

MSD株式会社は、アメリカに本社を置き130年以上の歴史をもつグローバル製薬企業の日本法人だ。主にがん、心血管代謝(糖尿病や肺高血圧症など)、感染症(HIVやCOVID-19など)の医療用医薬品や、ワクチン(子宮頸がんなどのHPV関連がんおよび疾患、肺炎球菌感染症などの予防)を通して、幅広い医療ニーズに応えている。

また、MSDはDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)の推進を重要戦略に位置づけ、LGBTQ+に関する社内制度の整備を進めており、有志の社員ネットワーク「レインボー・アライアンス」によるLGBTQ+理解・支援促進活動も盛んだ。レインボー・アライアンスのコアメンバーの4名に、これまでのDE&Iの歩みや具体的な施策、TRP2024のブース出展に込めた思い、今後の意気込みなどについて聞いた。

情報システム部門 ビジネステクノロジーパートナー ディレクター セドリック・ティリオンさん
広報部門 疾患啓発チャプター オムニチャネルスペシャリスト 唐澤 美幸さん
人事部門 人事グループ HRスペシャリスト 齋藤 浩太さん
妻沼工場 エンジニアリング部 サイトサービス&セキュリティーグループ アソシエイト・スペシャリスト林 奈緒さん
(所属・肩書は取材当時のものです)

聞き手/辻田 健作
文/御代 貴子
写真/山田 久美子

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日本全国の拠点でDE&Iに取り組む
――なぜMSDは、LGBTQ+への取り組みを進めているのですか。
唐澤美幸さん(以下、唐澤) MSDのパーパスは「最先端のサイエンスを駆使して、世界中の人々の生命を救い、生活を改善すること」。これを実現するためには、さまざまな背景を持つ方々の健康を支える意識が欠かせません。私たちは性別も年齢も関係なくすべての人たちのために仕事をしています。患者さんによって医療ニーズは異なり、必要な薬も違います。私たちの製品を待ち望んでいる患者さんたちは、まさに多様です。

そういった多様な患者さんニーズに寄り添うためには、社員の多様性も大切です。社員はそれぞれに異なった背景や価値観、スキルを持っています。各社員が最大限の力を発揮できる職場環境もそれぞれです。社内でLGBTQ+を含むDE&Iを推進することによって、すべての社員が、その個性を強みとして発揮できる職場環境をつくることができます。DE&Iは、会社の成長自体につながるのです。

写真:唐澤

写真:向かって左から、ティリオン、齋藤、林

セドリック・ティリオンさん(以下、ティリオン) 
MSDでは2014年に「MSDダイバーシティ&インクルージョン宣言(現MSDダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン宣言)」を発表し、2018年には「同性パートナー登録制度(現パートナー登録制度)」ができました。

また、社内に誰でも利用できるユニバーサルトイレを設置したり、健康診断でトランスジェンダー対応の医療機関を紹介したりするなど、あらゆる社員が働きやすい環境を整えているほか、人事部門には相談窓口を設置しています。

齋藤浩太さん(以下、齋藤) 組織面では、さまざまな価値観をもった人が集まることでパフォーマンスを高めるチームづくりを重視しています。そして、インクルーシブな職場環境をつくるだけでなく、社外に対しても広くサポートする姿勢を大切にしています。

ティリオン コミュニティ活動も盛んです。アメリカ本社では一足先にLGBTQ+のコミュニティが発足していましたが、日本では、2019年に社員ネットワーク「MSDレインボー・アライアンス」の日本支部を15名ほどで立ち上げ、今では100名を超える規模にまで拡大しています。

当社は全国に拠点がありますが、オンラインのトークイベントを行うなどの施策が実を結んで、東京だけでなく全国各地にも活動が広がっています。2024年の東京レインボープライド(以下、TRP)には、札幌や名古屋のオフィス、埼玉県にある妻沼工場からも社員が参加しました。また、各地で開催されているレインボーイベントにも参加したりしています。

林奈緒(以下、林) 身近な施策としては、社員証に付けるストラップに、MSDのコーポレートカラーの緑だけでなくレインボー柄を加えて、社員がどちらでも自由に選べるようにしました。レインボー柄のストラップを付けることで、社員自身がハッピーな気持ちになったり、アライとして応援したりすることができます。

周りの仲間が、このストラップの企画を立ち上げから応援してくれて、とても温かい気持ちになりました。

――林さんは、職場で「レインボーの奈緒さん」と呼ばれているとか。

林 そうなんです。自然と目に入るものから取り組もうと考えて、私が働いている妻沼工場では4月と6月を独自の”レインボー月間”と定め、レインボーフラッグを敷地内のいたるところに掲げました。そうした地道な活動を続けてきて、今では私は「レインボーの奈緒さん」と呼ばれるようになり、工場のいろいろな社員から声をかけてもらうことが増えてきました(笑)。社員の意識も高まっていると感じます。

――制度が整っているだけでなく、当事者を支えるアライ活動が全国でも展開されているのはすばらしいことですね。
ティリオン 当事者である私にとっては、とても安心できる職場です。私は2019年に入社したのですが、採用面接時に、会社の制度としてLGBTQ+への支援が含まれていることを知り、驚きました。その時はカミングアウトしておらず、こちらから質問をしたわけでもなかったのに、人事担当者が自ら説明してくれたことに安心感を抱いたことを覚えています。

実際に入社した後も、具体的な活動が盛んに行われていることを肌で感じています。トークイベントだけでなく、たとえば昨年6月のプライド月間には、本社のカフェテリアでレインボーカラーのスイーツビュッフェが登場しました。こうした活動は、LGBTQ+への取り組みに関心をもっていない社員にもアプローチできるので、とてもよい取り組みだと思っています。

来場者とともに「PRIDE」の意味を考えたい
――MSDのTRP2024ブースのテーマでは、当事者と社員のコミュニケーションを重視されていましたね。
唐澤 2024年はブースに「ウィッシュボックス」を用意しました。「公平で平等な社会」「愛と多様性」「包括性と理解」という3つのテーマから賛同いただけるものを来場者に投票してもらい、ノベルティとしてレインボー柄のペンをお渡ししました。

ただ楽しいだけのブースにするのではなく、「PRIDE」の意味を真剣に考えていただきたいという思いのもと、このウィッシュボックスを設置しました。投票結果はMSDのSNSで発表し、世の中の皆さんがこれらのテーマに対してどのように思っているのかを伝えました。

この施策のもうひとつのねらいは、来場者と当社の社員がコミュニケーションをとることでした。実は、2023年のTRPでは非常に多くの方にMSDブースお越しいただいたものの、ノベルティをお渡しすることが中心になってしまい、会話があまりできなかったという反省点が残りました。

そのため、2024年はコミュニケーションをとることを重視し、ウィッシュボックスを置くとともに、ブース内のスペースにも余裕をもたせるなどの工夫もしました。こうした改善は、TRPのコンセプトである「つながる場」の実現にもなると考えています。

ティリオン 投票結果をSNSで発表したり、来場者と社員がコミュニケーションしたりすることで、社員の意識が高まるだけでなく、当社の経営陣の意識をさらに高めるきっかけにもなると思っています。そう考えると、TRPは社会全体にとっても、そして当社にとっても大切なイベントだと感じます。

誰もが働きやすい職場づくりに向け、経営も現場もコミットし続ける
――2024年はTRP30周年という節目の年として、「変わるまで、あきらめない。」というテーマを掲げました。MSDの取り組みにおいて、変えるまであきらめずに続けたいと思っていることはありますか。

齋藤 多くの人がLGBTQ+を取り巻く問題を知り、理解するために、目に見えるかたちで活動を続けることは引き続き大切だと考えています。

そして人事の目線でいえば、LGBTQ+の方々が社会参画するための仕組みが十分でないことを痛感しています。たとえば障害者雇用では合理的配慮として障害者本人と企業が会社生活上の困りごとなどについて話し合いや調整の機会を持つことが法律で求められています。社会参画が決して容易でない性的マイノリティの人々をはじめ、同性婚を含めできる限り公平性が担保された法律面のカバーを含む仕組みづくりが急務だと思います。MSDでは2023年に、D&IにE(Equity)の概念を加えました。誰もが異なるバックグラウンドを持つなかで、チームのパフォーマンスの最大化を目指して、お互いを認めて受け入れあうカルチャーの醸成に取り組んでいます。

ティリオン 自分らしさを表現できない職場は息苦しいものです。当事者が孤独感を抱かないよう、「あなたは独りではない、周りのみんなも会社も寄り添うから安心してほしい」というメッセージを出し続けるべきだと考えています。

MSDには、レインボー・アライアンスの他にも、ジェンダーに関わらずすべての個人が活躍できる環境づくりを目指す「Women’s Network」、異なる世代や部署の社員の交流を促進する「Multi-Gen Network」、障害者支援グループの通称「4つ葉のクローバー」など、会社の多様性、DE&Iを体現するような社員ネットワークがいくつもあります。これらの活動には会社から予算が割り当てられており、執行役員がスポンサーとして活動を支援してくれています。これは経営陣が多様性を重視している証ですし、経営戦略の実行と同じレベル感で活動できていることは心強いです。

林 2024年のTRPには、ほかの社員ネットワークの社員も参加して一緒に盛り上げてくれました。また、TRPには毎年、執行役員もボランティアで参加していて、経営陣がコミットメントを示し続けてくれていることを感じます。私自身、会社の上層部に具体的な活動を見てもらうことで勇気をもらえますし、会社からのサポートが得られているという安心感も芽生えますね。

これからも、誰もが働きやすく、毎日をハッピーに過ごせるようになるまで、目に見える活動を諦めずに続けたいと思います。